日本映画最大の「悲劇」を描く、と記された作品を手にした。
黒澤明に関する数々の著作を手にしてきたのだけれど、これほど妥協せず、事実を忠実に描こうとした作品はなかったと思う。
著者 田草川 弘 は特に映画畑を歩いてきたというわけではなく、米国におけるマッカーシズム(反共産主義運動)を崩壊させたエド・マローについての著書や、宇宙好きのわたしが大事にしている本「地球/母なる星」の翻訳などをしている人である。
のこり100ページを切ったけれど、このまま読み続けるのはもったいないほどの迫力に少し休憩してブログを綴っている。
黒澤明に関する殆どの著書は、「とにかく偉大な映画監督であった」というものだった。少なくとも、私がこれまで手にした黒澤明に関する100冊近い本や雑誌はそうだった。この作品はそれらと異なり、黒澤明の奇行・スタッフへの無理難題・スタッフからの反抗・精神の不安定さと酒におぼれる日々をあからさまに綴っている。
わたしは黒澤明を尊敬し、彼を世界有数の偉大なる映画監督だと思っていて、これまで黒澤明に関する数々の著書を手にしてきた。その私でも、いつまでも解けない最大の謎が、黒澤明がハリウッド大作「虎 虎 虎」に関わっていた日々のことである。
結果的にハリウッドから解雇を言い渡された黒沢であったけれど、その事に対するコメントは、黒沢本人からのものであったり、黒沢を絶対と感じている人たちの口からでたものであったりと、中立の立場で綴られたものとは、正直思えない。
この作品は、実に見事にその日々を描き出していると思う。プロデューサー、エルモの手紙を入手したり、20世紀フォックス社とのファックス文書を出してきたりと、貴重な駆使して私の疑問に答えてくれている。
黒澤明が亡くなって約10年・・・やっとこういう作品が出てくれたかと感慨深いものがある。
黒澤明にこういう負の部分があったにせよ、黒澤明が描き出した数々の名作は色あせない。天才にはこういう部分もあるのだという大切なエピソードでもあると思う。
黒澤明の傍で作品を完成させて来た人たちは幸せであったと同時に、かなり苦しかったのだろうな。けれど、その苦しさの中、黒澤明という天才の手で高みに揚げられた人たちもたくさんいたのだろう。もう二度と黒澤明レベルの監督は出ないのだろうと思うと寂しい。
田草川弘著「黒澤明 VS. ハリウッド」文春文庫 895円+税 映画ファンにはお勧めしておきます。