2011年1月16日

たのしい授業の基礎知識 「たのしさと基礎的な知識について」 板倉聖宣

久しぶりに開いた仮説実験授業のガリ本(樹楽庵注:ガリ版印刷で作成された本という歴史的な意味は薄れて、今では仮説関係の仲間たちで読む研究誌のようなものを意味する)で、自分が線を引いていたところを見つけて読みいってしまいました。

1990年に板倉先生が初めて沖縄に来てくれた時、話をしてくれた内容です。
2001年の仮説実験授業冬の大会の記念ガリ本に掲載されているので、仮説実験授業研究会の方達で、興味のある人はそれをたどるとよいと思います。

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板倉 「<意欲、たのしさ>の他に、もう一つ重要なものが、ある種の知識の定着です。たとえば、都道府県の名前なんかです。これは、日本だけでなく、世界的にいえることなのですが、進歩的な教育というのは<知識>というものを軽んずる傾向があるです。つまり昔は知識を無理やり押しこんできたでしょう。だから、進歩的な教育者は<知識よりも考えることを重視する>っていうんですね。<暗記はいけない><学校教育の基本は子どもたちを考えさせる事だ>という考えが強いんです。
 ボクは、そう考えない。
 考えることはすごく大事ですよ。それは大事なんです。でもそれと同時に<大切なことを覚えてしまう>という事も大事なんです。
 沖縄がどこにあるかなんて、それは興味があれば辞典で調べるさ、なんて言ったってね、話の途中にいちいち本を引っ張っていいられるけないですよ。都道府県の全部は知らなくていいけど、でもかなりのものは知っていたほうがいい。でなくては話についていかれない。そういう知識は覚えちゃった方がいいんです」

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もう二十年以上も前の話になるのです。
もしかすると、私自身が「知識は後からゆっくりついてくる」的な発想をしていたのではないかなという気がします。

重要な知識は覚えちゃえばいい。
しかも「重要な知識」は、たのしく覚える事がきっとできる。
こういう所から見ても「たのしい授業」「仮説実験授業」が未来の社会を切り開く根幹だと思えてならない今日この頃です。